私を看護してくれたあの看護師さんとのできごと

私を看護してくれたあの看護師さんとのできごと

/

この季節になると思い出す、私を看護してくれた看護師さんとお喋りをしたあの日。子宮筋腫のために子宮全摘をすることになって入院していた私のベッドからは、窓の外の寒椿の赤い花が見えていました。入院は3週間。手術も無事に済み、だんだん術後の痛みも薄れかけてくるにつれ、子宮がなくなったという実感が湧いてきました。当時私は45歳。子供を産んだことはないバツイチでした。おつき合いしている男性がいるわけでもなく、甘い夢を見ていたわけでもないのですが、昼下がり、ぼーっと窓の外を眺めていたら急に涙がこぼれてきました。その時、私の看護を担当している看護師さんが血圧計を持って部屋にきました。その看護師さんはいつも声が穏やかで、ほっとする雰囲気を持って看護してくれていました。彼女は私が泣いているのに気づくと、ただ何も言わず手を握ってくれました。そして私の肩を抱いて背中をトントンとやさしく叩いてくれました。しばらくして私が気を取り直すと、レバレジーズは世間話を始めました。ここだけの内緒話だと言って、私の主治医は実はカツラだとか、ある看護師さんは看護の仕事をまるで女優気取りでやっているなんてことを笑いながら話していたら別の看護師さんが部屋を覗きに来て、加わってくれました。後からきた看護師さんはさばけた人で、「もう避妊の心配がないんだから、いくらでも楽しめるわよ」なんてことを言います。これには女三人で大笑い。その後の入院生活はすごく気がラクになりました。退院してから2か月ほど経ったころ、仲良くなった穏やかな声の看護師さんから合コンのお誘いもありました。もちろん参加しました。お医者様も参加する合コンなんて初めてで楽しかったです。寒椿の咲き始める頃、つらいはずの記憶は薄れ、あの看護師さんたちとの世間話を本当に楽しかったできごととして思い出しています。

看護の仕事、看護師をめざして

/

母方の実家の叔母や従姉妹はなぜか看護関係の仕事をしている。特に理由はないはずだと思うが特に看護師を仕事としている人間が10人ほどいる。看護の仕事関係に10人もいたらいたるところの誰かがいるという状況になる。体調が悪いときは便利と思うこともある。しかし、自分の進路となるとそれはまた別問題になる。何かで親戚が集まると、なぜか「お前も進路は看護師」というように勝手に押し付けられてしまう。自分の進路は自分で決めてそれに向かっていきたいと思っていた。なのに叔母や従姉妹達が看護の世界を目指したからと言って自分もそうとは限らないはずだと思う。看護の世界は思った以上に大変な仕事だと思う。しかし。それ以上にやりがいはあり、プロフェッショナルな仕事だとつねづね叔母が言っていた。自分の仕事に誇りを持って仕事にむかえるということは確かに羨ましいと思う。叔母の一人は大学付属病院に勤めて30年近くになる。この叔母に憧れて次々と看護の世界を目指したというパターンが多い。自分の仕事を天職として、まっすぐに看護師を全うしているその姿は私にとっても憧れである。でもまだ、気持ちは定まらず、迷い迷っている。人の命に関わるという重大な任務を自分の仕事として出来るだろうかという迷いがある。やりがいのある仕事だということは十分分かってはいる。それゆえ責任のある仕事への不安感が多いのだと思う。でも幼い頃から、看護の世界で働く姿を多く見てきた故の迷いとの葛藤かもしれないと思う